葉月
「だからど〜してそうなっちゃうんだよ!あんただって人並みの休暇を取ったって良いはずだろう!?」 8月も押し迫ったある日の夜。金田一と明智夫夫が住まうマンションの一室では今日も今日とて華やかな舌戦(笑)が繰り広げられていた。 「何度も我が儘を言わないで下さい、はじめくん。お正月もそうだったでしょ?」 そもそも金田一が何を不満げに明智に訴えているかと言うと、夏の休暇のことだったりする。警視庁捜査一課の精鋭刑事といえども人の子、事件事件で一年中忙殺されているとはいえ、盆と正月位は人並みに休みたいのである。数名ずつシフトを組んで交代で休暇を取るとは言っても、地方出身の刑事と実家が地元の刑事では自ずと帰省の手間を入れての日数も変わってくる。必然的に遠方の同僚・部下から優先的にお盆の休暇を取るために、地元の刑事達は余程のことが無い限り毎年少しずれ込んだ時期に休暇を取るように気を使うのだ。ましてや明智は一つの係りの長である。毎年一番最後に休暇のシフトを入れ、そうこうしている内に凶悪事件でも発生すれば立場上暢気に休暇を取ることも叶わず、今までも何度か夏の休暇を流しているのだった。 「健悟さんの立場とか、この時期に休暇を取るのがどんなに大変なことか理屈では解ってるよ。お正月だって寂しかったけど黙ってたでしょ?」 金田一がいつになく明智に絡むのにも訳があった。 実はこの夏、2人は8月5日の金田一の誕生日に合わせて夏の小旅行を計画していたのだった。それが、6月7月と明智の部下の身内が相次いでなくなり、初盆に合わせての帰省となるためやむを得ず異例に早く取るつもりだった明智の休暇がず〜〜〜〜っと繰り下がる事になってしまったのだ。結婚(養子縁組)して一緒に住んでいるとはいえ、毎日仕事に忙殺され、ともすれば何日も帰ってこない日々が続く事もある明智。暇な大学生とはいえ、来期からはゼミが入るので明智の休みに合わせて日程が立てられる夏休みは今年しかない金田一。それはそれはとても楽しみにして旅行の日程を組んでいたのだ。だから簡単には諦めきれない金田一だった。 「旅行の日程をずらせば済むことでしょ?はじめ君のお誕生日には何処か食事にでも出かける事にしましょう。ね?」 明智が小さくため息を付いて、最良の形での譲歩を提案する。しかし、明らかに金田一の言い分に取り合わない明智の気配を感じて、金田一のいらだちも段々とエスカレートしてくる。 「だって折角の夏なんだよ?俺達新婚旅行も行ってないんだよ?俺だって人並みに夏の思いで作り、健悟さんとしたいよ。いつもは聞き分けの良いはじめちゃんだけど、いつもそうだとは思わないでよね!」 「思いで作り?そんなことがしたいんですか、君は」 明智が金田一の言葉を呆れたようにオウム替えしにし、冷た〜い視線を金田一に向けた。 しまった、言いすぎたか!?と金田一は後悔したが、時既に遅し。明智の方もすっかり臍を曲げてしまったようだ。 「わざわざお金と暇を使って、夏の思いで作りのために旅行したかったんですか、君は。私はそんなのにつき合わされるのは真っ平ごめんです。どうぞ他の気の合うお友達とでも行ってらっしゃい。私の休暇は取り消しますから」 売り言葉に買い言葉、明智は呆れたようにそれだけ言うと、外の風に当たってきます、とベランダに出ていってしまった。 まずい・・・・・。 リビングにぽつんと一人残された金田一は、早くも後悔の念に暮れていた。いつもはどんなに言い合いになろうと、明智の方から一方的に話を切り上げてしまうようなことは滅多にない。金田一の言い分に理路整然と反論し、互いに譲歩しあって終わり、だった。 それがこんな風に反応が返ってくると言うことは・・・余程臍を曲げてしまった時なのだ。 やばいよなあ・・・。一旦臍曲げちゃうと健悟さん、しつこいんだもん。 金田一は一つため息を付いて、冷蔵庫からよく冷えた麦茶をグラス二つに注ぎ分けるとそれを手にベランダへと向かった。 コンクリートで蓋をされた大都会の夏の夜とは言っても、さすがにこの時間帯の風は涼しい。明智はベランダの手すりに持たれるようにして靄の向こうの夜景を見ていた。 「健悟さん・・・」 声を掛けるが、振り向きもしない。それでも金田一が手に持ったグラスを明智に差し出すと黙ってそれを受け取り、そのまま又夜景に目を移す。 「ごめん、言い過ぎた。もう我が儘言わないよ。予約はキャンセルするから・・・」 「キャンセル、することないです。お友達と一緒に出かけなさい」 無表情な声で明智が言う。でもその声は拒絶ではなくて・・・。 「だから、俺は・・・そうか、言い方、間違ったんだね、ごめん、訂正する」 ゆっくりと明智が金田一の方へ顔を向ける。 「思いで作りしたかったんじゃなくて。一緒に住んでるっていっても健悟さん、忙しい人だから。たまのお休みでもここン所お互いに時間が合わなくてゆっくり出来なかったでしょ?だから休暇にかこつけて一週間も健悟さんを独占出来るの楽しみにしてたんだ」 「それは、私も同じ気持ちだったんです。でも・・・仕方ないですから・・・」 「健悟さん・・・」 今回の旅行が駄目になったことで一番悔しかったのは実は明智だったのだ。一緒に暮らしていると言ってもとんでもなく忙しい明智。金田一との約束をいくつも破って、今回こそは、と思っていたのに又しても約束を破ることになってしまった。その仕事を自ら選んだ事に今更後悔はない。無いが・・・明智はいつも一方的に約束を果たせない自分に・・・苛立っていたのだ。 だから、金田一の 『いつもは聞き分けの良いはじめちゃんだけど、いつもそうだとは思わないでよね!』 と言う言葉に過剰に反応してしまったのだ。 その反面、「思いで作り」という軽い言葉で自分たちの旅行の意味を捕らえていた事が腹立たしくて。そして情けなくて。約束を果たせない自分が悪いのに・・・でも素直に謝れなくて。 「結局、私は甘えてるんですよね、君に・・・」 明智が再び夜景に目を移す。靄でかすんだように見える夜景は、ますます霞んで滲んだように明智の目に映った。 無表情に夜景に目を落とした明智の横顔。でも金田一にはなんだか泣いてるように見えて・・・。よけいな一言を言ってしまった後悔に胸元がきゅっと締め付けられた。 金田一は明智の隣に立ち、しばらく同じように無言でベランダ越しの夜景を眺めた。 「・・・俺ってさあ、自分でも欲張りだな〜って・・・忙しい健悟さんの時間を、一緒に暮らしてる時間だけじゃなくて、もっと色々独占したいって・・・思っていたんだけど・・・健悟さんも同じだった?」 「・・・」 明智は少しうつむいて、黙ったまま目を伏せた。それは明智の・・・肯定の、無言。 「あ〜〜〜〜っ!」 突然の大きな声にびっくりして明智が金田一を見る。と、金田一は手すりに突っ伏してしまっていた。 「は・・・はじめ・・くん?」 伏せた顔をちょっとだけ起こして、金田一がにかっ!と明智に笑う。 「・・・俺ってなんて果報者!お互い欲張りって事が解ってすごく嬉しい。約束駄目になったって、結果的にそれが俺に甘えてくれてるってんだから、それが嬉しくてしょうがないから怒れないよね」 「はじめくん・・・」 金田一がもう一度にかっと笑って、明智の唇にちゅっとキスをする。 「旅行、やっぱりキャンセルせずに日程ずらそう!」 「でも又、約束破ってしまうかもですよ?」 「構わないよ。いつか一緒に旅行出来るまで、いつまでも、何度でも約束しようよ」 明智が金田一の台詞にちょっと目を見開いて、 「なんだか歌のタイトルみたいですね」 とくすくすと笑い出した。 「ちぇ、いーじゃん別に。まだお子さまなんだから、ボキャブラリー不足は勘弁してよ」 明智はひとしきりくすくすと笑った後、罰が悪そうにたははと頭を掻く金田一をゆっくりと抱き寄せた。 「・・・君はお子さまなんかじゃありません。有る意味私よりも大人なのかもしれませんよ?」 「そうかな?」 「そうですよ。でも、ちょっとだけ悔しいから、ゆっくり大人になって下さいね」 「負けず嫌いなんだから、もう・・・」 金田一が口の中でもごりと呟く。 「なんです?」 「ん〜ん、なんでもない!」 金田一がにんまりと笑い、明智がその唇に口付けて。深く深く、互いの愛おしさを絡め合う。 「ねえ、健悟さん・・・明日、早い日だったっけ?」 「いいえ・・・どうしたの?」 交わし合う吐息の合間を縫って、金田一が尋ねる。 「ん〜・・・、今夜は大人らしく、お互いに独占しあいたいなあ、なんて・・・駄目?」 そう言う大人らしさじゃなくて・・・と、明智はちょっとだけ思ったりもしたのだが・・・。 「・・何度でも、は今夜は勘弁して下さいね?」 と笑って釘を刺すことは忘れなかった。 ☆おまけ☆ 「あ、ちょ、まって、はじめ・・くん」 喧嘩の後は仲直り♪昔から「障子と夫夫喧嘩は填めれば直る」(笑)と言われている通りの金田一と明智の新婚さんの甘い夜。(なんだかなあ) ここのところ互いに忙しくて、実は本当にお久しぶりね・・・な、愛の行為だったりするのだ。しかしいざ!というときになって、何故だか今夜は明智から待ったが掛かってしまった。 「?ど・・・うしたの?痛いの?」 「あ、じゃなくて・・・その・・・君、なんだか・・・」 「??なに?・・・その、じっとしてるの辛いんだけど・・・」 金田一がもどかしさに少し身じろぐ。 「あ!・・・っ、ん」 途端、明智が艶っぽく反応を返した。 「一体どうしたの・・・?健悟さん、今夜はなんだか・・」 金田一としてはいつも通りの愛の営みの段階を踏んでの・・・なのだが、明智の反応がいつもとちょっと違うのだ。 「君・・・ひょっとして、身長延びました?」 「え?うん、ちょこっとだけど・・・まだ成長期だもん」 「それでなんだか・・・ 」 抱き心地が違うし、なんだかちょっと・・・と明智が納得仕掛けた頃、ようやく金田一が気が付いた。 「あ、そうか!・・・ここも成長期なんだ!!」 そう。実は身長体重が成長すると共に金田一Jrも成長していたのだった(笑) 「ねえねえ、もしかして今、健悟さんの良いところ・・・Gスポットに当たってる?」 「ば・・・!!馬鹿、ですか?君は!男にそんなのは有りません!!」 とたんに明智が真っ赤になって反論するが、時既に遅し。 「え〜?だって前立腺って・・・良いんでしょ?」 あ、じゃあGじゃなくてZスポットか、とあほらしいことに金田一が感心?しながらも明智の反応を楽しむべく腰を進める。 「ひ!あ、っ!!や・・・」 「やっぱり〜vいつもより良いんだよね?ね?」 金田一がにっこりと嬉しそうにそのポイントを狙う。 「い・・・っ、一体何処からそんな事を、聞いて来るんですかっ!?」 「え〜?それは・・・秘密で〜すv」 「なんですか、それ・・・あ、ああっ!!(汗)」 いつもより敏感に反応を返す明智と、愛おしい人の初めて見る狂態に満足した金田一の、熱い熱ぅ〜い一夜はこうして更けていくのだった(笑) さてさて、賢明な読者の皆様、もうお分かりですね? 愛の営み向上のために身近に居る同性に色々と根ほり葉ほり聞くのはよくあることとは言え、そこは同性カップル故の辛さ・・であるので、金田一の情報源も自ずと限定されて参ります。金田一が秘密、と言ったのは、ご近所つきあいと、明智の仕事上で影響が出ないためで有りました(笑) しかしながらそこは「さすが明智健悟」とでも言いましょうか・・・。翌日からしばらくの間、とある部下の仕事のスケジュール&量が一段と厳しくなってしまったのは・・・言うまでも有りませんでした・・・合掌(笑) end |