熱帯夜


 昼間の焼け付く暴力的な日差しが無い、とは言っても、アスファルトで蓋をされた都会では、うだるような熱帯夜が連日続いていた。
 ここは都内某所、明智と金田一夫夫、猪川と高遠夫夫が隣同士で部屋を借りている高層マンション。その一室ではいつものように、連日の猛暑にも負けない新婚さんの熱っつい夜が繰り広げられようとしていた。



「あっ・・・」
 猪川の執拗な愛撫から逃れるように、高遠が身をくねらす。
「・・・やっ・・・」
「・・・嘘つけ・・・」
 猪川がくく、と笑って、たくし上げたパジャマの胸にくちずけをちりばめる。
「あ・・んっ、ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っもう!!やだっていってるでしょう!?」

 ばこっっ!!と景気の良い音が寝室に響き渡る。
「このくそ熱いのに、毎晩毎晩のしかかられてたまるもんですかっ!!もう、そんなにやりたければお一人でどーぞっ!!」
 ベッドの上にへたりこんで顎をさすっている猪川に、憮然とした表情で高遠がティッシュの箱を差し出した。「?どうすんだ、これ」
 高遠が顎でくいっ、とトイレの方向を指し示す。要するに、゛抜いてこい゛と言っているのだ。ああ、非情な嫁・・・(涙)
 
 実はこの所連日の熱帯夜で、しばらくの間猪川は「おあずけ」を食らっていたのだ。だが、働き盛りで、尚且つ、アチラの方にも脂の乗った30代(かどうかは知らないが)で、しかもやりたい放題の新婚さんな猪川にはこれは辛いことだった。それゆえ、この「夜の攻防戦」はしばらくの間続いて居たのだった。

「私は慣れない湿度の高い日本の夏で疲れているんですよ?暑かろうが寒かろうがおかまいなしの精力絶倫のイノシシとは違って、繊細な人間なんですからね!いっしょにしないでください」

(一日中、エアコンの効いた涼しい部屋から出ないくせに・・・今の殴りっぷりじゃあ俺より体力有るんじゃないか?)

 と、猪川は思うのだが、口に出して言ってしまうとまた色々とめんどうな返答が返ってくるのでその件に付いては口をつぐむ事にした。猪川も、こと高遠のわがままっぷりへの対処法はそれなりに学習したのである。
「・・・わかった。ならせめて、手伝え。」
「・・・なにを?」
「服脱いで、前にたっ」
 ばち〜ん!!今度は頬に平手が炸裂する。
「何馬鹿なこといってるんです!!なんでオカズにならなきゃいけないんですか。私に人のを見物しろって言うんですか?変態!!」
「・・・・・おまえ以外じゃイけないから、しょうがないだろ!?」
 渡されたティッシュで吹いた鼻血を拭きながら猪川が訴える。
 高遠は呆れたように絶句しながら、黙ってさっさとベッドに入った。
 ふーっ、と最長の溜め息を一つ付いて、猪川に背を向けてコロンと横になる。さらりとした艶やかな髪の毛が落ちかかる耳が、ちょっとだけ赤くなってるのを猪川は見逃さなかった。
 にんまりと笑って、猪川が高遠の横に潜り込んで後ろから高遠を軽く抱き締め、つむじの辺りにくちづける。
「悪かったよ。だから、このくらいいいだろ?」
「・・・いやです、暑苦しい・・・」
 そう言いながらも、腰に回された腕を高遠は振りほどこうとはしなかった。それに気を良くした猪川が、パジャマの隙間から少しだけ手を差し入れて、ひんやりとした高遠の肌の感触を楽しむ。
「気持ちいいな、おまえの肌は。ひんやりと冷たくて・・・こうしてると昼間の暑さ疲れなんか吹き飛んじまう」
「・・人を爬虫類みたいに言わないで下さい」
 肩越しに振り返りながら言う高遠に、猪川が軽くくちづける。
「猛暑の中、毎日元気で働く旦那が、たまにはご褒美を貰っても罰は当たらんだろ?」
 そう言って、猪川は愛おしげに高遠にほほ笑んだ。
「・・・明日も早いのでしょう?だから・・・さっさと済ませて下さいね」
 高遠が観念したように苦笑しながら、猪川に向き直る。
「なんだ、おかわりは無しなのか?」
 飛んできた高遠の平手をはっし!とつかみ、そのままシーツに縫い止めて、言葉を紡ぎだそうとする唇をキスでふさいで。
 猪川がやっと勝ち取った甘い夜はゆっくりと更けて行く。
 ともあれ、この夜の攻防戦は猪川に軍牌があがったようだ。
 

 ちなみに。
 翌日からの猪川の仕事量がいつもの倍近くハードなものになってしまったのは、
「アッチに使う体力を少しでも削っておかないと、こっちの身が持ちません」
と明智に泣きついた高遠の策略で有った事は言うまでも無い。(笑)