FRIDEY MIDNIGHT BLUE




 金曜の深夜、マジシャンの卵である高遠遥一は、いつものように駅前のタクシーロータリーで乗客を待っていた。
 

   ああ、かったるい。大家が急に家賃の値上げなんか言いださなきゃ
   こんなことしなくってもいいのに。


 売れないマジシャンの卵である高遠は、都内某所の「今時そんなところがあるのか!?」と言うような古るい安アパートに住んでいたのだが、大家のばーさんがお亡くなりになって、新しい大家が家賃の値上げを急に断行してしまったからさあ大変。
 今までぎりぎりの生活費でやってきたところに思わぬ出費でタクシードライバーのアルバイトを余儀なくされたのである。

 前で客待ちをしていたタクシーが数名の酔っ払いを乗せて出発し、高遠のタクシーの順番がやって来た。
 乗り込んで来たのは、ちょっと良い身なりの背の高い男だった。


   ラッキー!長距離かもしれない。


 実車の走行距離がそのまま響くアルバイトである。出来るなら長距離の客を捕まえて、早いところ家に帰りたい高遠なのだった。
 
「お客さん、どちらまで?」
 返事は無い。よっぱらっているのだろうか?上等なコロンに混じる微かな酒の臭いはするものの、泥酔してる訳でもなさそうだ。
「あの〜、お客さん?」
 後ろを振り向くと、なんだか怖い顔をして前を睨んでいた客と目が合った。
 客は高遠と目が合うと、思いっきり不機嫌そうな顔を高遠に向けて、その後何か驚いたような顔をしてから・・・にゃりと笑った。


   な・・・なんだろう・・・・・・なんか厭なお客だな?


「・・・どこでも良い。適当に流してくれ」
「え?」
「心配せんでも金は払う」
「は、はあ・・・」
 どうした物かと考えていると、なんだかタクシー乗り場に数人の重役風のサラリーマンが、高遠の車目掛けてどやどやと押し掛けて来ていた。
「おい、早く出せ!」
 後ろの恐持てのお客が怒鳴るものだから、高遠は慌てて車を発車した。




 高遠は「どこでもいい」と言われて仕方なく首都高速に入った。ここならば、たとえ何周回っていても信号待ちが無い分、メーターも上がる事になるからだ。
 首都高に乗ってから無言で窓の外の夜景を眺めていた客が口を開いた。
「・・・・・・何も聞かんのだな」
「はあ・・・」
 そう。アルバイト中の高遠は無口だった。煩わしい深夜のアルバイトを少しでも早く片付けて、家に帰ってマジックの修業に打ち込みたかった。したがって、乗車した客との会話も出来るだけ適当に済ませたかったのだ。「・・・すまんが、適当なPAに着けてくれないか?」
「あ、はい」
 高遠の車が最寄りのPAに入る。トイレか何かだろうと思いながら建物の直ぐそばに車を着けようとすると、少し離れた所に停めるよう、ちょっと偉そうに注文を付けられた。高遠は仕方無く、建物から随分離れた第二駐車場に車を入れた。
 客は少し待つように言うと、荷物を置いて外に出て煙草を吸い始めた。残された高遠は「いつになったら帰れるんだろうか」と溜め息を着きながら、車のヘッドライトを落とした。
 

 がちゃり!


 いつの間に煙草を吸い終えたのか、突然お客が運転席のドアを空け、高遠を引っ張り出して後部座席に押し込んだ。
「うわ、ちょ、ちょっと、お客さん、って、なにするんですか!?」
 気が付くと高遠は、背の高いがっしりとした客の体の下に組み伏せられていた。
「客を乗せるのが商売なんだろ?だったらついでにおまえにも乗せろよ」
「そんな、ちょっと!や・・・」
 無遠慮な客の手の平が、たくし上げたワイシャツの隙間を縫って高遠の薄い胸を探る。その指が柔らかな突起にたどり着き、きゅっときつく捩りあげた。
「痛っ!!」
 必死で抵抗する高遠の両手を、片手で難無く押さえ付け、客は上から勝ち誇ったように見下ろしながら高遠の衣服を剥いで行く。
「まだ柔らかいな。だがすぐに堅く尖らせてやる」
と自身たっぷりな笑みを口元に浮かべながら、降ろしたファスナーから引きずり出した高遠自身をやんわりと握り締める。
 これには高遠も猛然と抵抗せずには居られなかった。
「やめ・・・・・・!!つっ!!離せっ、変態−−−!!!」
「暴れるなよ。乗車料金に上乗せしてやるから・・・」
 ばしっ、と客の頬が鳴った。
「馬鹿にするなっ!僕は男娼じゃないっ!なんでっ・・・!!」
 高遠の目にはうっすらと悔し涙が浮かんでいた。そんな必死の形相を見ても客の男はひるむ事なく、返って面白そうに打たれた頬をさすりながら言った。
「ああ、そんな顔は反則だぞ?益々いじめてやりたくなっちまう」
「あ、あんた何言って・・・ん!むぐ!?」
 高遠の唇を、男が深いくちずけでふさぐ。そのキスは思いの外巧妙で、普段吸い慣れない煙草の香りと相俟って、高遠から呼吸を奪って行く。
 両腕で押さえ付けていた高遠の両手が、息苦しさにがくがくと震え、そのうちかくりと力が抜ける。それを待ち受けて居たように、男はネクタイで器用に高遠の両手首をくるくると一まとめに縛ってぽん!と俯せに転がしてしまった。
「や・・・・いやだっ!!離せ!!はなしてっ!!!」
 なんとか逃れようとする高遠のばたばたと暴れる両足から、するりと下着ごとズボンを取り去ると、男はルームランプを付けて双丘の奥を目の前にさらけ出させた。
「ふ・・・ん。前も後ろも薄いんだな」
 男の言葉に、後ろの入り口をするりと撫でる乾いた指に、前に回り込んだ無遠慮な手の動きに、高遠の体が恥辱に震え、朱に染まる。
「や・・・・・・、いやだっ!!助け・・・て」
 必死にずり上がろうとする高遠の細い体を強い力で引き戻しながら、楽しそうに客の男は言った。
「人聞きの悪い事を言うなよ。これからお互いにたっぷり楽しむんだろう?」
 双丘の間に、男の熱く猛ったオスを感じた次の瞬間。
「−−−−−−−−!!!」
 狭い入り口を強引に押し割られて、声にならぬ悲鳴を高遠は上げた。
「つっ、堅い、な。力を抜けよ」
 だが。恐怖と傷みに竦み上がった高遠は、男が言わんとする意図が分からず、体を強張らせるばかりだった。
「まさか未貫通・・・じゃ無いだろう?」
 確かに、過去の経験の中には「好むと好まざるを得ず」男性との経験も有った。だからと言って、突然の不測の事態に対応出来る程、高遠も慣れている訳ではないのだ。
 裸に剥いた高遠を前に、男はちょっとの間考え込む。 ノーコメントで苦しそうに肩で息をしながら、高遠は気が変わって許して貰えるのだろうか、と一縷の望みを込めて必死に男を睨む。
「・・・・・・そうか。未貫通とは悪い事をしたな。じゃあ、念入りにほぐしてやらんとな」
 勝手に高遠の沈黙を曲解した男は、無理をして血の滲んだ入り口を舌で愛撫に掛かった。
「ひ、あ!・・・く・・」
 手を戒められた高遠は、入念な粘膜への愛撫に上がりそうになる声を、縛られたネクタイをかじる事で必死で押し止めた。
 狭いタクシーの車内に、男が起てるぴちゃぴちゃと濡れた音がやけに大きく響いて居るような気がして、高遠は恥辱と絶望感でいたたまれなくなる。耳をふさいでしまいたいのに、それすら自分の自由に成らないのだ。
 舌を差し入れられて居る箇所に、ぴりぴりとした傷み以外の何かを感じてしまうようで。
 怒りと、自己嫌悪と、悔しさに・・高遠の瞳からは止めどなく涙が流れた。
 ふいに、男の指が濡れそぼった蕾に深く差し入れられた。
「んんんっ・・・!!」
 それは狭い肉壁を広げるようにグラインドし、高遠の欲望を司る´小さなスイッチ´を探り出し、そこを何度も指腹でこすり上げる。体の内側から火を付けられるような感覚に、高遠はたまらず身悶えしゃくり上げた。
「ここが好きなんだろう?触りもしないのに勃ちあがってるぞ?」
 笑いを含んだ声で男が言いながら、後ろから回した手で高遠の濡れた先端の窪みに沿って、蜜を塗り込めるようにくるくると指で刺激する。
 いつの間にか高遠の中心は意志に反して勃ち上がって来ていたのだ。あまつさえ、歓喜の涙を流しながら・・・!!


  ど・・うして?こんな男に屈服するなんて、厭なのに!本当に厭なのに!!


 高遠のなけなしの自尊心は、自己嫌悪と恥ずかしさで崩壊寸前だった。
「やぁ・・・、い・やだっ!!」
「いや、じゃないだろう?乳首もちゃんと尖って来たじゃないか」
 男が蜜に濡れた指先で、高遠の堅く尖った乳首をつまむ。
「あ、んぅ!!」
 思わず漏れでた、艶の乗った声。「感じ易いんだな」と男が笑いながら高遠の体を仰向けにさせ、両足を思い切り開いて高く腰を上げさせる。
「・・・今度はゆっくり、優しく入れてやる」
 男が自らの熱くそそり立つモノに手を添えて、高遠の濡れそぼり柔らかくほぐされた入り口にずず、と、ゆっくり侵入して行く。
「あ!あ、あああああ!!」
 高遠の肉壁は、今度こそ侵入を阻むことなく根元まですんなりと男を飲み込んだ。
 男は、びくびくと体を震わす高遠の上で、ふうっと快楽の溜め息を漏らした。
「いいぜ、熱くて、狭くて・・・最高だ、高遠」
 高遠が弾かれたように涙の溜まった瞳のまま男を見上げる。
「ど、して、僕の名前・・・」
 それには答えず、男がゆっくりと腰を揺すり始める。浅く、深く。そしていつの間にか滑らかに繋がりあった所から、淫らな音が狭い車内に響く。
「あ!っ、は・・・っん、んんっ、やぁ!あ・・・」
 高遠は、男のモノによってじわじわと持たらされる快楽に射精本能を鷲づかみにされ揺さぶられて。
 そして男は、高遠の体の甘さに引き込まれ、手加減を忘れて溺れて行く。
「あ、あ、いっ・・・痛いっ!、やっ」
 高遠の悲鳴に我に返った男が苦笑しながら、いたわるように、あやすように、高遠の背中を愛撫する。
「・・・俺の名前は猪川だ。イク時にはそのイイ声で呼んでくれ」
 そう言うと男−−猪川−−は、高遠の熟れて弾ける寸前のモノを握り、己の抽送に合わせてこすり上げた。
「ああ、あ、あ!!い、やだっ!そこっ!!」
 半狂乱で首を振る高遠の顔を満足気に見下ろしながら、猪川は上体をかがめて赤く尖った左の乳首を口に含むと軽く歯を当てた。
「いいぜ、高遠。俺の手に吐き出せ」
「あ、いや、やあ!い、のか・・・さ、あ−−−−−−−−−−−−−!!!」
 高遠が己の手の平で弾けるのを見届けると、猪川もまた高遠の肉壁の収縮に己を解放した。

 細い体を抱いたまま荒い息を整えていた猪川だったが、腕の中でくったりと気を失ってしまった無防備な高遠の顔を眺めて、ふっと苦笑を漏らした。
「参ったな・・・。こんなに可愛いらしいとはな」
 はまりそうだ、と猪川はつぶやいて高遠の体内から萎えた己を引き出し、上気したままの頬にくちずけた。


 高遠の意識が戻った時そこに猪川の姿は無かった。吸われて赤い跡がいくつも残された体には、猪川の上着が掛けられていた。
「あ、痛っ・・・!」
 体を起こした時の傷みと流れ出した猪川の名残とで、気を失ってしまう前の出来事は悪い夢などではなく、紛れも無い事実なのだと高遠は悟った。


    レイプ・・・されてしまったんだ。

 
 車の中に立ち込めた雄の臭い。もしかしたら、営業車を汚してしまったかも知れない。先程まで縛られていた両手首の戒めは解かれて居て、事実の肌寒さに高遠は自分の体を抱き締めた。
 高遠がレイプまがいの暴行を受けるのは、実はこれが初めてでは無かった。昔マジックの修業のために師事した所で、兄弟子にやっかみから無理矢理体の関係を強制された。
 度重なる暴行に溜まりかねて高遠がそのマジック団を抜けると、今度はどこにも師事出来ないよう裏から手を回された。それでしかたなく独学でマジックを学んでいたのだった。


 あの時みたいに、殴りつけられた訳じゃ無い。
 むしろ、兄弟子よりもずっと優しかった。ああ、だけど・・・
 どうして・・・っっ!!


 高遠は自分の非力を呪った。そして、厭なのに屈服してしまった自分の体にも。
 まったく知らない他人にレイプされてしまった事実が、高遠の自尊心を粉々に打ち砕いたのだ。
 何とか気を取り直して、ぐしゃぐしゃになった服を身に付け運転席に戻ると、ハンドルの上のボードに分厚い財布が置いてあった。中には分厚い札束。そして。
 そして・・・・・・一枚の名刺がはらりと落ちた。その名刺には、さっき自分をレイプした男の名前が書いてあった。
 高遠は怒りに任せ名刺を握り潰して、財布ごと床にたたき着け、ハンドルにつっぷして溜め息を付いた。
 どのくらいそうしていたのだろう。ふと、高遠は大事な事を思い出した。それは、最初に自分を見た時の驚いたような顔と、真っ最中の男の言葉。


  『俺の名前は猪川だ。』


 高遠の名前は、営業車の運転者カードでも分かるだろう。だが、行きずりのレイプ魔が、わざわざ自分の名前を告げるだろうか?
 高遠は床に投げた名刺を拾い上げ、改めてその名刺に目を通した。
 

  “猪川総合病院 理事 猪川将佐”


 それは都内でもかなり大きな総合病院だった。そんな大病院の、社会的地位もある男がどうして−−−?
 今夜の事をしかるべき所に訴え出ても、金にモノを言わせて握り潰されるに決まっている。何も出来ないだろうとたかをくくって、馬鹿にしているのだろうか?かと言って、ゆすり・たかり等の安易な手段に訴えるのは高遠のなけなしのプライドが許さない。ならば−−−−−。
 
 とりあえず高遠は、過分な“乗車料金”をたたき返して、適わぬまでも、せめて一発殴り返す事に決めた。そして、それから・・・・・? 




 意を決した高遠は、傷む腰を宥めながら車のエンジンをかけ、PAの駐車場から夜明け前の首都高に滑り出した。高遠の操るタクシーの赤いテールランプが、眠らない街を走る車の流れの中に帯となって消えて行った。