男の固い樫の木のような腕が、まるで支配者のように私の両足を押し開く。 私の両の手首を難なく片手でシーツに押し付けながら、 「毒蛇が……」 と忌ま忌ましそうに男が呟く。呟きながら体をきつく揺すり始める。 男の言うところの「毒蛇」の腹の上で踊る男は滑稽で、つい失笑してしまう。それが、男の嗜虐心を煽ることが分かっていても、笑わずには居られなかった。
・・・・この男も、そして私も、狡猾なこのゲ−ムをいつまで続けるのか・・・・
この男が、金沢での至極私的な事件に関わった後、男にとって非常に有利な条件を提示したにも関わらず、交渉は決裂してしまった。逮捕するには有利な条件で有ったため、その時男は自分の勝利を確信していたに違いない。 怒り、嘆き悲しむ男を嘲笑うために私は再び男の前に姿を現した。だが、男は何も言わずただ酷く私を求めた。 おそらくは初めて対峙した時から、この滑稽なゲ−ムは始まっていたのだ。追いつ追われつ、時には裏を掻き、騙し、互いにダメ−ジを与えながら「犯罪者とそれを追う刑事の日常」は続いている。 ……そしてその裏側に、互いの肉を貪り合う非日常の夜が年月に織り込まれて行く。 男はいつも私を酷く扱った。決して酷く扱われるのが好きな性質では無い。それは私が過去に殺した男・・・・・幻想魔術団のエセ貴公子で、母の年若い愛人でも有った、あの憐れで矮小な男・・・・・で実証済みだ。 終焉が近いのか、男は肉食獣が唸るような声を吐きながら私の鎖骨の辺りに喰らい付く。鋭い犬歯で傷ついた皮膚から、赤い血が一筋流れ落ちた。男の柔らかく濡れた舌がその血を…… 「あ、あ……もっと強く噛んで、もっと痛くして下さい……」 噛み付かれた場所の焼け付くような痛みと、抉り込まれる様に打ち込まれた物が体の最奥で弾けるのを感じながら……私も男の手のひらの中に、追い詰められた欲望を解き放った。
「次は、いつ逢える?」 外がまだ闇に包まれている内にどちらかが先に去る。 決して二人で朝を迎える事はない。 そして、約束もしない。 それがこのゲ−ムの暗黙のル−ルではなかったか。 男を振り返ると、感情の読めない顔をして、その視線は私を通り越しドアの向うの闇を見据えている。この男が私に背中を向ける事は決して無いだろう。 「そうですね……」 男が何故ル−ル違反を犯したのか、思考の隅で考えてみるがすぐにやめた。男のル−ル違反がどんな意味を持とうとも、私はまだこのゲ−ムに飽きてはいないのだから。 そしてゲ−ムを終了させる者は、この私以外にはいないのだから……… 「あなたが付けてくださった、この傷が癒える頃。新月の闇の夜に、またお会いしましょうか?猪川警部」
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