GO HEAVEN GO!
ちちち、ちゅんちゅん。ぱたぱた、ちゅん。 分厚い遮光カーテンの向こう、ビジネスホテルの出窓に止まった雀の鳴き声が朝の到来を告げる中、高遠は二日酔いでやたらに重いその瞼をぱちりと開いた。 ああ・・・気持ち悪い。夕べはついつい飲み過ぎちゃったな。 まあ、今日が研修の最終日だから良かった物の・・・当分アルコールは慎まなきゃ・・・ などと。酔いが残って惚けた頭でベットの中に入ったままでぼんやりと思った。 高遠遥一は自分の勤めている会社の行う一週間の研修合宿に来ていた。しがない支店勤めとは言え、本社営業部が行うこの合宿は、普段は滅多に合うことの出来ない本店営業部の精鋭が講師として参加すると言う事もあり、ちょっとした知り合いにでもなれれば後々の出世の糸口に、並み居る同期の営業マンに大きく差を付けることが出来る大きなチャ〜ンス!!で有る。一応名の知れた大学卒とは言え都内の小さな支店勤め、母一人子一人である高遠に取って「出世」の二文字は必要不可欠&切実な事だったりするのだ。今年初めてその研修に参加した入社2年目の高遠は密かな野望に燃えていたのであった。 ラッキーなことに、本社営業部ピカイチの成績を誇る営業部きってのエース、若干32歳で本社営業部統括主任までのし上がった猪川将佐が今年の講師として研修合宿に招かれていた。その上宿舎として借り切っているホテル側の都合で高遠と猪川、そしてもう一人、金田一という本社の入社一年目の新人と同じ部屋になったのだった。 これはもう、親交を暖める(?)しかないでしょ〜!!と、我が身に振って沸いたラッキーに喜ぶ上昇志向型高遠、初日からしきりに自分をアピールしようと試みるのだが、講師とは言え、プライベートでは干渉されたくないタイプなのか、支店のぺーぺーなんぞ興味の範疇外なのか、はたまた見た目通りの取っつきにくいタイプなのか。「ターゲットその1」である猪川主任は、初日に丁寧に挨拶する高遠を「ああ」とじろりと一瞥し、そのまま外に飲みに出て行ってしまった。 それでは、と「ターゲットその2」の金田一に振れば、本命の彼女と喧嘩したまま研修に来たとかで、フォローのメール&携帯トークに夢中で、これ又取り付く島無し、と言う感じだった。まあ、今風の若者と言えばそれまで。高遠は諦めて、研修終了日まで、おとなしく仕事に没頭する事に決め、同室の二人とはお互いに我関せずを決め込んだのだった。 我関せず、あんたはあんたで好きにやっとくれ、とは言え、講師中の猪川主任は並み居る営業マンを前にしても臆することなく堂々とわかりやすく営業のノウハウとその経験から基づく裏技を披露してくれた。教室として借りている会議室の中では、分け隔てなく誰からの質問にも快く答えてくれた。 研修中、他の支店の人間に聞いた話によると、研修期間中他の営業部の人間と同室になっても公平を期すために講師役が個別に指導することは避けるのが常だという。 それでもやはり、何となく個人的に避けられているように肌で感じていた高遠は、互いに遺恨を残さぬ為に、最終日に思い切って猪川を飲みに誘ったのであった。 猪川は意外にも高遠の飲みに行こう、と言う誘いに乗ってくれた。但し、同室の金田一も一緒に。これでは腹を割って話すことも出来ないではないか、と半ばやけくそでビール、酎ハイ、ブランデーと、ピッチをあげる高遠。我関せずで一人カラオケを熱唱する金田一。調子っ外れの金田一の歌を肴に黙ってグラスを重ねる猪川。 そのうち、なんだかもう「どうせこの連中とは明日でお別れなんだ」と何でも良くなってきて、高遠は意地でも楽しい酒にしてやろうとはしゃぎだした。笑い、歌い、空になった猪川のグラスに酒を注ぎ、金田一に新しい歌を入れて貰って・・・。 それからそれから・・・ フェイドアウト。 それきり、所々しか高遠には記憶が残っていなかった。明かない瞼を必死でこじ開けて、高遠はホテルの中を見回した。同室の二人はまだ眠って居るようだった。 そう言えば、どうやってホテルに戻ってきたのかも覚えてないや。 こんなこと滅多にないのになぁ・・・失敗した。二人にも迷惑掛けちゃったし。 一人ベットの上で反省中の高遠。その脳裏に昨夜の記憶の一部がよみがえる。 ☆★☆ 『ねえ、猪川さん。グラス空じゃないですかぁ。ささ、飲んで飲んで!』 どぽどぽどぽ。 『あ、ああ。すまんな』 『ま〜〜〜た!そ〜んな嫌そうな顔しちゃって〜!(肩ばんばん!!)そりゃ嫌ってる僕からの酒なんて飲めない、っての、解りますけどねぇ〜〜〜(ヒック)』 『嫌ってる?俺が君を・・・?』 意外そうに猪川が返す。 『だあ〜って、そ〜でしょ〜?部屋でも絶っっ対、目を合わせないようにしてたし〜』 『嫌ってなんか、居ないぞ。むしろ・・・』 猪川が一旦、何故か言葉に詰まって、そのままグラスになみなみと注がれた酒を一気にぐ〜っとあおる。 『へ〜?むしろ・・・むしろって、なんなんですかぁ〜・・・?』 ヒック。しゃっくりが止まらないまま、高遠がよじよじと猪川の膝にのっかる。 『あ〜〜〜っ、ず〜るいなあ〜。嫌いだから、答えられないんですよねえ〜、猪川主任』 『そ・・・そう、じゃ、なくて、だな・・・・・・』 猪川が抱きついてくる高遠を必死で交わそうとしながら、金田一に助けを求める。 『あ〜あ〜・・・もう。はいはい、高遠さん、いい加減離れましょうね。猪川主任、嬉しが・・・いや、もとい。嫌がってるじゃないっすか〜』 金田一が高遠の後ろ首を猫のように摘んで、ぺりっと猪川から引き剥がす。 『あ〜、やっぱり、そ〜なんですね〜?嫌なんでしょ??僕のこと〜〜〜』 『いや、だから、だな。俺は・・・』 猪川に向かってぱたぱたと伸ばした高遠の手を、猪川が一瞬引きかけるが、直ちに金田一にぺちっ!と阻止される。 『はいはい、猪川主任もストップ!ったく、俺、何のためのストッパーなんだか・・・』 ☆★☆ そこで再び高遠の記憶はフェイドアウト。思い出した記憶の断片に高遠は一人青くなった。 ど、どうしよう・・・。実は、酔っぱらうと見境無く抱きつく癖があるんだよね・・・。 学生時代も、この癖のおかげで、本命の女の子じゃなくて全く範疇外の女の子の部屋で目が覚めて、 後々結構もめたりもしたンだっけ・・・、じゃなくて。よくよく思い出してみると、相当失礼な事をしでかしたような・・・。 でも、『むしろ』とか、『ストッパー』って・・・な、何だったんだろう・・・(汗) 高遠は酒が残る頭で必死に考えを巡らそうとするが、なんだかはっきりしない。とりあえず、風呂にでも入って酒を抜こうと思った高遠は、酷い頭痛がする頭を抱えてゆっくりとベットから起きあがった。 ずきり! 「!!!???」 えええええええ!!!???な、なんで、こんなトコが・・・っっっ!!!??? 一瞬にして顔面は蒼白! 頭の中はパニック!!もちろん背景効果は雷ベタフラッシュだ。何故!?どうしてこんな所に激痛が!?心なしか、腰も痛いような・・・と、パニックを起こし掛け、それでも何とか立ち上がった高遠は、一歩足を踏み出そうとして・・・そのままの姿勢で固まってしまった。 い・・・痛いっ!!お尻が痛い・・・ん、ですけどっ!!??何故!?(滝汗) 投げ散らかされた衣服や丸めたシーツにけつまずきながらも、それでも眠ってる二人を起こさないように気を使いながらなんとか無事にバスルームにたどり着いた高遠。バスタブに湯を落としながら、腰ひも一本でなんとかかろうじて身につけていたよれよれの浴衣を脱いで備え付けの鏡に映すと、素肌の胸には、痛々しいほどの小さな赤い痣がちりばめられていた。 な・・・なにが、一体何が僕の身に起きたんだ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??? へたへたとバスタブに座り込む高遠。たまり掛けていた湯が、有らぬ所に染みて痛い。その痛みに再び驚いて、立ち上がり掛けて派手にすっころぶ。 ごっっつ〜ん!! 弱り目にたたり目、すっころんだ拍子に勢い良くバスタブに当たる後頭部。その物音を聞きつけて、 「大丈夫か!?」 と、様子を見に来た猪川の顔には・・・左目に、二枚目台無しの見事な丸いパンダ痣が出来ていて・・・。 それだけ確認した後、高遠はパニクった頭のまま・・・気を失ってしまった。 再び高遠が目を開けた頃、時刻は既に午後を回っていた。倒れた高遠をベットに寝かせたまま、同室の二人は講習に出かけてしまっていた。 大切な研修最終日。事も有ろうに二日酔いで(それだけじゃないが)最後の講習を逃してしまった高遠はベットの上で盛大にため息を付いた。 時間を確認しようとベットサイドの時計に目をやるため頭を傾けると、頭の下でちゃぷんと氷枕が鳴った。ベットサイドには、アルカリ飲料が数本と胃薬。それと・・・それと、でん!と置かれた『オロ○イン軟膏』のお徳用の瓶が、高遠のめまいをさらにさらに誘うのだった。 あー・・・・・ってことは、やっぱり・・・(涙)でも・・・でもでもでも!!! ・・・一体どっちに・・・!?ああ・・・・駄目だ。怖くて考えられない(号泣) 高遠がやっとの思いでベットに起きあがって、痛む腰をさすりながら差し入れのアルカリ飲料を飲んで居るとき、勢い良く部屋のドアが開いた。 「あ、や〜っと起きられたんだね。高遠さん、具合どう?」 現れた金田一は、自分たちが帰った後も明日の土曜の朝まで具合の悪い高遠の為にこの部屋を借りて有ることを告げ、せわしなく帰り支度を始めた。 「あの、猪川主任は・・・」 おそるおそる高遠が金田一に尋ねる。 「あ〜、なんか本社でトラブルが起きたらしくって、午前中に帰っちゃったよ」 「そ・・・う、ですか」 心持ち、ほっとしたような高遠の声。金田一が着替えをまとめていた手をふっと止めて、高遠を見てにんまりと笑った。 「あんたさあ、お酒、弱いんだったっら知らない奴の前で飲まない方がいいよ?又いつ何時こんな事が起こるとも限らないんだからさあ」 ごっとん!と高遠が手にしていたボトルが床に転がる。 「あ、でも、俺達の名誉のために一つ付け加えるけど。誘ったのは高遠さんだから。恨みっこなしだぜ?」 再び顔面蒼白になりつつある高遠の手に、金田一が拾い上げたボトルを手渡した。 「詳しい話、聞きたい?」 高遠が顔面蒼白のまま、ぷるぷるとかぶりを振る。 「そう、じゃあ教えて上げない。あ、でもこれだけは言わせて置いてね」 さらに金田一が笑顔で哀れな高遠に追い打ちを掛ける。 「彼氏持ちの俺と違って、猪川さんあんたにマジみたいだから。早めに腹くくって会社辞めるか、物にするか決めといた方がいいよ?」 「物にするっ・・・て、そんな・・・」 力無く、それでも精一杯反論しようとする高遠の肩を、金田一はあはは!と笑ってばんばんと叩く。 「大〜丈夫だって!!世の中ホモの方が出世しやすくなってるんだから!!あ、ちなみに俺も猪川さんもホモじゃなくてバイだから。でもまあ、同じ穴の狢って奴かな・・・?」 ははは、と高遠が金田一につられて力無く笑う。 「実はね、俺、今回ストッパー役だったの。猪川さんから実は一目惚れした奴が支店にいて、今回研修に参加するって聞いてね。職権乱用で一緒の部屋にはなりたいんだけど、同じ会社の人間に手を着けるわけにはいかない、ってんで、暴走しそうになったら俺がストッパー役になる手はずだったんだ。でも、夕べあんたの方から誘ってくるからつい・・・・・」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 高遠は、もう限界!とばかりにベットに潜り込んで頭からすっぽり掛け布団をかぶってしまった。その姿はまさに蓑虫のようで、またまた金田一の笑いを誘ってしまったのだ。 「ああ、あんたってなんだか可愛いや。夕べさんざん“痛いっ!!”って猪川さんをぼこぼこ殴っちゃってたあんたもなかなかそそられたけど。・・・猪川さんが惚れちゃうのってなんか、解るよ」 ・・・あのパンダ痣、僕が付けたのか・・・じゃなくて。 きっ・・・気色の悪いこと、言うな〜〜〜〜〜〜っっ!!(涙) 高遠が心の中で思いっきり叫んだ声は、金田一には聞こえないようだった。 じゃあ、お大事にね、と金田一は笑って、部屋に高遠を残したまま出ていった。 後に残された高遠は、己の身に降りかかった災難とその対処方法を、ああでもないこうでもないと一心に考え込んでいたが、とりあえず一つの結論に達し、堅く決意をした。 も・・・もう、絶対に酒なんか飲むもんかっっ!!(大泣き) 『酒は飲んでも飲まれるな』とはよく言った物である。今回の「こと」の原因は、不覚にも金田一の言ったとおり、お互い良く知らぬ人間の前で酔いつぶれてしまった自分にあると悟った高遠は(とりあえず、「こと」の件は置いといて)二度と酒など飲むものか、と、堅く堅く心に決めたのであった。 そして「こと」の事は・・・解っているのは、自分はホモでもゲイでもバイでもはないし、そう言う風なことがあっても宗旨替えなんてとうてい出来るはずがない、と、言うこと。そして、その事が原因で、会社を辞める気も毛頭ない、と言うこと。 だから当面、「覚えていない、気が付かなかった」としらばっくれる事に決め込んで、成り行きを静観する事に決めた。 そう腹をくくった高遠は、とたんに蘇ってきた二日酔いのだるさと眠気に誘われるまま、もう一眠りする事にした。 ベットサイドの新しいアルカリ飲料に口を付け、そう言えば、差し入れの礼もしなかったな、とぼんやりと思った。 支店と本社、あまり会う機会も無いだろうけど、今度会う事があったら これと氷枕のお礼だけは言っておかなくちゃ・・・な・・・・・・・・・・・・。 でん!と鎮座まします傷薬の事は除外して(笑)何が有ろうとも社会人として礼を言うべき事は言うべきなのだ。 生意気な金田一は帰ったし、猪川は一足先に本社に帰り、こっちには戻ってこないだろう。傾き掛けた午後の日差しの中、高遠は安心してすやすやと心地よい眠りに落ちていった。 だが、その日の夕方、本社での用事を一目散に片づけた猪川が、一人残る高遠を案じてホテルに引き返して来ることを、未だ至福の眠りを貪る神ならぬ身の高遠は知る由もなかったのである。 ちゃんちゃん☆ end・・・・?(笑) |