火炎華
それは一瞬。大輪の炎の華。 湖上に浮かべられた三艘の船から打ち上げられた尺玉が 大きくはじけた その一瞬。 照らされた 階下の人混みの中 頭一つ分、他の客より抜きんでた上背を見つけ 高遠は一人 面白そうに微笑んだ。 「どうかしたのかね?」 部屋の手すりに凭れ掛かるように花火を見ていた高遠の背後から、初老の男が張りのある深い声色で高遠に声を掛ける。 「いえ。そう言えば、ここは北陸だったのですね」 高遠は手に持ったガラスの杯を可笑しそうに口元に運んだ。 「こんな温泉町で花火を肴に、年寄りの酒の相手はお嫌だったかな?」 男が、程良く冷えた地酒の大吟醸を高遠の空になった杯に満たす。 「・・・いいえ。行き届いた心配りの中、夏の良き風情を堪能させて頂いてますよ」 年に一度の湖上花火大会に合わせ、男はこの温泉町で一番の歴史有る温泉旅館を、高遠とのその、一夜の逢瀬の為に貸し切りにしていたのだ。 「なに、礼を言われるには及ばんさ。なにしろ希代の芸術家を今宵は独占出来るのだから・・・」 男は、高遠の『傀儡』と言う名のパトロンの内の一人であった。 男が高遠の肩をゆったりと抱きしめ、そのヒヤリと節くれ立った手が紺地の浴衣の胸元にするりと忍び込む・・・ それは一瞬。大輪の炎の華。 風のない 凪いだ湖面から いくつもの花火が打ち上げられ 暗い夜空で 弾けては 消えていく。 初めて見かける私服の男と、髪を綺麗に結い上げた青地に黄帯の浴衣の女性。 高遠は、男の愛撫を身に受けながら、冷めた瞳で先ほどの情景を思い出していた――――――― END |