闇ニ煙ルハ薄紅ノ
さらさら さらさら 名残の桜は 風の無い闇の中で 薄紅色のかけらを 狂ったように冷たい地面へとまき散らしている。 まるでそれが最後の饗宴とばかりに・・・。 この花の季節の土曜の夜、観光地金沢城の辺にありながらも尋ねる者誰一人としていないこの桜に・・・猪川は「会いに」来ていた。 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。闇に浮かび上がる薄紅の霧を見つめ続ける猪川の背後に、闇の中から闇と同族の青年が声を掛けた。 「こんな所で一人でお花見ですか?」 「・・・高遠」 振り返るとそこに、闇夜よりもなお暗い色彩を身に纏った―――第一級連続殺人広域手配犯、地獄の傀儡師、犯罪芸術家・・・そして猪川にとっては情人関係に有る――高遠遙一 が立っていた。 しばし二匹の獣達は無言で闇の中に対峙する。その沈黙を先に解いたのは高遠の方だった。 「見事な散り際ですね」 「ああ」 「花の季節なのに、この桜だけはギャラリーが居ない」 「・・・この古木は昔から『縁切り桜』と呼ばれていてな。ほれ」 猪川が指さした先には、無惨にも樹皮を剥いだ傷が幾つも有った。古い物から新しい物まで、無数の傷が痛々しいほどであった。 「自分の男と別れたい女、他の女の元に行っちまった男をその女と別れさせたい女がこの桜の樹皮を剥いで行く」 金沢の人間なら、こんな所で花見をしようとは思わんさ、と、猪川が付け加えた。 高遠は桜の幹に瀬を預けながら猪川の言葉を興味なさげに聞いていた。 「幹を煎じて男に飲ますんだと」 その言葉を聞いた高遠は、やにわにくくっ、と笑いながら 「あなたも飲みたいのですか?それとも私に飲ませたい?」 と、猪川に尋ねた。 猪川は、ふん、と鼻でせせら笑った後、幹に体を預けたままの高遠を乱暴に引き寄せ、その薄い唇を噛んだ。 「・・・本当はな、ここは・・・この桜はそんな生やさしいもんじゃない」 性急に高遠の体を開きながら、猪川は高遠の耳を舐るように囁く。 「この桜にはもう一つ云われが有る。ここは旧金沢藩の刑場跡地でな、この馬鹿でかい桜は、ここで首を切り落とされた人間の血を吸って成長した・・・首狩り桜、とも呼ばれてる。これが本来のここを忌避する、本当の理由だ」 猪川の手で闇夜にも白い肌を胸元から晒された高遠が、ああ、だから・・・、と暗い瞳を薄紅に煙る枝に向けながら、うっすらと笑う。 「ここの桜は、余所の夜桜よりもよりいっそう妖気が、強い」 猪川の愛撫に薄く上気し始めた高遠の紅く酷薄な唇が、にいっ、と壮絶に妖艶な笑みを闇に吐く。 ――― 女の情念も死人の怨嗟も、私にはいっそ 心地よい ――― 桜の妖気を吸い込んで邪気を孕んだような高遠の瞳が、猪川のきつい視線を捕らえて・・・ 「あなたも、でしょう?」 と、無言で囁いていた。 法の番犬、刑事の猪川と、犯罪者である高遠の、歪んだ情交の為の一夜なら。 禁忌に酔うために、わざわざこの場所を選んだのならば。 あなたも私と同様 闇を纏った獣 だと ――― ばしり! 猪川の手が鋭く空を裂いて、高遠の頬を続けざまに打ちつけた。幾つか打った内の一つが、足から立ち続ける力を失わせ、幹を背にしたままかくり、と高遠は桜の根本にへたり込む。猪川が両手首を力任せに引き上げると、乱れた前髪の間から、冷たい二つの炎が猪川の底冷えするような瞳をにらみ返していた。 猪川は、高遠の切れた唇から滴る血をべろりとなめとって、 「貴様と一緒にするな」 と、ふふん、と鼻白んだ。 猪川は、ベルトを片手で器用にゆるめ、ジッパーを下げて己の逸物をとりだし、 「噛みつくんじゃねえぞ・・・」 と、高遠の切れた唇に押しつけた。 高遠は・・・吊られた手首の苦痛に少しだけ顔をゆがめながらも・・・に、と一つ笑ってから、馴染んだ雄を、その紅い口腔内に迎え入れた―――――――――――――。 さらさら さらさら 名残の桜は 風の無い闇の中で 狂ったように冷たい地面へ・・・ 禁忌の花びらの上で、情を交わす 二匹の獣を見つめながら・・・ 薄紅色のかけらを 降らせ 続けた――――――――――――――。 END |
03/4/13 up