終わらせないでよ


「お帰りなさい、待ってたよ〜んv」
 その夜も遅く帰宅した明智は、出迎えた自分の部屋の明かりに困惑し、これまた満面の笑顔でお出迎えする金田一一を見て、深く深くため息をついた。
「・・・君でしたか。一体いつの間に合い鍵を、等と今更聞く気力もないほど私は疲れているんですが」
 そこ、どいて、と明智は金田一を軽く押しやってようやく我が家にあがることが出来た。
「いやさあ、この前久々におっさんと会ってさ、なんつうの?里心がついたって言うかなんだかあんたの顔見たくなっちゃって」
「それで君はどうして家には帰ってないんですか?」
 クローゼットに上着を掛け、やっと一息ついた風にソファに深く腰をかけながら明智は言った。
「そこの隅に投げっぱなしの汚い荷物と衣服を見ればだいたいわかりますよ」
「だからさっき言ったじゃん。あんたの顔見たくなったんだって」
 勝手知ったる何とやらで、金田一がコーヒーを入れたカップを両手に持って明智の向かい側に腰掛けた。一方のカップを明智の前に押しやりながらにかっと笑う金田一。だが、受け取った明智の顔は苦渋に満ちていた。
「金田一くん・・・。もう、止めにしませんか」
 苦虫を噛みつぶした顔と声の明智にひるむ様子もなく、金田一の手がするするとテーブルの上で組んだ明智の手にのびる。
「だから!」
「なんで?」
 拒絶する明智の声と疑問を投げかける金田一の声が同時に重なる。
「君は、まるで風来坊で不動市を出て行ったきりあちこちの事件に首を突っ込んで。そのたびに本庁の私宛に照会がくるんですよ!?かと思えば、今日のように私の都合もお構いなしに突然目の前に現れて。いったい全体、どういうつもりなんですか」
 金田一は困ったように少し笑って、
「風来坊は金田一家の家系みたいなもんだからさー」と頭を掻いた。
 確かに、金田一一の偉大な祖父金田一耕助氏も放浪癖のある人物だったらしい。そして一の叔父に当たる耕助氏の次男も。放浪癖は金田一家の家系と言う説もあながち嘘では無いかもしれない。
 しかし、しかし・・・。
「それに、恋人に会いに来るのは自然なことじゃん?」
 と言う金田一の台詞を明智は認める訳には断じて行かなかった。
「確かに、以前君とは成り行きで“そういう事”になったことは有ります、それは認めてあげましょう。でも私は君の恋人になった覚えは有りませんし、そんな風に思われても迷惑なだけです」
「えー、でもその成り行きも何度も重なれば必然でしょう?」
 ぐっと答えに詰まったその隙をついて、金田一が明智からキスをかすめ取った。
「・・・ねえ、明智さん。俺、今はふらふらしてるけどちゃんとあんたのところに帰ってくるから。あんたが俺の事を忘れてても、ほかに恋人が出来ても、結婚しても。俺はあんたのところに帰ってくるから」
「よくもそれだけ身勝手な言葉が出て来ますね」
「うん、俺って本当身勝手だよね。あんたの幸せなんて全然考えてないもん」
 ちゃっかりと明智の隣に座り直した金田一に、明智は本日何度目かのため息を盛大に吐きながら眼を閉じる。耳朶に降りてくる柔らかな金田一の唇を感じながら
「私にとって人生最大の不幸は君に出会ってしまった事です」そう、明智は言った。
「・・・そうかもしんない。でも俺はあんたのその不幸を終わりにするつもりなんてないんだよ。だからあんたも・・・終わらせないでよ明智さん・・・」

 

END