ヤワラカナユビ

 『冬の陽は釣瓶落とし』とは良く言ったもので、その日いつもより少し遅目に帰宅してきた明智がマンションに帰り着いた頃には日はすでにとっぷりと暮れていた。
「ただいま帰りました」
 玄関のドアを明けて明智が声を掛けると、リビングから
「お帰りなさ〜い」
と、合鍵で入って明智の帰りを待っていた金田一の声がする。
 見ると、リビングテーブルにかじりついて何やら勉強をしているようだ。
「おや珍しい。雪でも降るんじゃないですか?」
「あのねえ、明智さん・・・」
 俺だって勉強しなくちゃいけない時だってあるの、と目前にせまって来た後期試験の為頭を悩ましている金田一がぶつくさと答える。
「普段から勉強してないからそーゆーことになるんですよ」
 まったく高校生の頃から進歩して無いですね、と明智がふふんと笑って言う。
「あのね・・・っぷ!!」
 文句を言いかけた金田一の口に、明智があるブランド物の小さな紙袋で遮った。
「え?なにこれ・・・俺に?」
「そろそろ寒くなって来ましたからね、必要でしょう?」
と言って明智はさっさとコートを懸けに奥の部屋に行ってしまう。・・実は照れ臭さかったりするのだ。
 かさかさと包装をほどいて出てきたものは、暖かくて柔らかな革の手袋だった。
 暖かそうなブラウンの、手触りの良いその手袋は一見シンプルだが、ぎらぎらとした革ではなくて、着けて見るとやわらかな木目の細かい生地は金田一の両手を優しく包んでくれた。
「ありがとう、明智さん!すっごく嬉しい♪」
 喜色満面でクローゼットの前の明智に子犬のように金田一が飛び付いた。
「気に入ってくれました?」
 それに答えて、明智がちょっと照れ臭そうに笑う。
「うん!あ・・・でも高かった・・・んじゃないの?」 金田一は横目でちらりと某ブランドの紙袋を確認する。
「まあ、普通の物よりはね。ラムスキンですし・・・。でも君、ここのブランド好きでしょ?」
「覚えててくれたの?」
「ええ・・・まあ」
 ごにょごにょと心持ち赤くなった明智が歯切れの悪い返答を返す。実は目にした途端、金田一に似合いそうだと衝動買いしてしまった、なんて恥ずかしくて言えない明智だった。
「ありがと!明智さん。大事にするね」
 金田一が二人の身長の差の分だけ、少し低い位置から明智にキスする。唇が離れて、明智の照れ臭そうな顔にほほ笑み返し、又柔らかな唇を盗む。
 やさしいキスを何回か繰り返すうちに、ふいに、明智が小さく身じろいだ。
「どうしたの?明智さん」
「・・・いえ、なんでも・・・」
 頭に?マークを着けた金田一が、気にせずにそっと明智の首を引き寄せてもう一度キスしようとする。が、その前にするりと交わされてしまう。
「・・・もう、なんで!?」
 好いムードなのにぃと金田一がちょっと臍を曲げて明智を見ると、心なし顔が赤い。
「・・・気に入ってくれたのは、分かりましたから・・・外しませんか?それ」
 赤くなった顔を背ける明智をみて、はは〜ん、と金田一は「なんで?」を理解した。
(謎はすべて解けたっ!・・・てね♪)
「そうだね〜。すんごく手触りがいいもんね、これ」
 と言いながら、すすす〜っと金田一が手袋をした指で明智の首筋を撫でる。
「っ!ちょ、ちょっ・・・とっ」
「これで触ると、そんなに感じちゃう?明智さん」
「ばっ!誰がそんな・・・あっ!」
 調子に乗った金田一が、顔を背けた明智の耳の後ろを手袋を嵌た指でやさしくくすぐる。
「んもう、素直じゃないね〜明智さんは♪」
 金田一の理不尽な物言いに、明智は必死でなんとか言い返そうと口を開こうとするのだが、そのたびに甘いくちずけと柔らかなラムスキンの手袋を嵌めた指で“イイトコロ”を愛撫されて、うまく言葉が紡げない。
「ね・・・これで、明智さんのイイトコロをもっと触ってもいいでしょ?どんなにカンジちゃうのか、見てみたいな〜♪♪♪」
 金田一がわざといやらしい言い方をしながら、明智の奇麗な首筋をぺろりと嘗める。
「んふっ!、や・・めなさい、金田一くん。お風呂も入ってないのに・・・」
 ふるっと体を震わせながら明智はやっと言葉を紡ぎだせた。
「なんで?明智さん汚くなんてないじゃん。それに俺、あんたの匂い、好きだもん。ね・・・」
 金田一が明智の耳元で、こっそりと何事かを囁く。とたんに明智の顔が、ぱあっと朱を掃いたように赤くなった。
「ばか!エロがき!!何て事・・・っ!」
 あたふたと赤くなって金田一をはね退けようとする明智は、普段の“明智警視”を知るものがみたら正に驚天動地であっただろう。それほどまでに金田一の腕の中にいる『年上の恋人』は可愛らしかったのだ。破顔する金田一の顔を見て、ますます顔を赤くしながらちょっと唇を尖らせながら明智は言った。
「そんな悪戯に使うんだったら返しなさい!」
「えー?厭だよ。せっかく気にいってんのに〜」
 金田一の意地悪な手袋を嵌めたままの手の平が、するりと明智のワイシャツの隙間から素肌の脇腹を撫でる。
「くっ!、この・・・!」
 精一杯の力で金田一を押し戻そうとするが、クローゼットに押し付けられた態勢では無駄な事で・・・何よりも好きな相手とのスキンシップの誘惑に明智が本気で抵抗出来る訳は無かった。
 柔らかなラムスキン。その、滑らかな革で愛撫される感触に薄い理性の膜を一枚ずつ剥ぎ取られて。明智はせつなそうに眉根を寄せる。
「・・・あ・・・ふ・・・っ」
 かみ締めた唇から思わずこぼれおちた甘い声。うっとりと明智の艶めいた表情を見詰めていた金田一の喉がごくん、と鳴った。
 だが。ふいに、金田一は明智から手を離して、いかにもわざとらしく残念そうな声で意地悪く笑いながら言った。
「う〜ん、嫌がる明智さんに無理やりっての、良くないよねえ〜。やっぱさぁ、コウイウノって双方の合意がないとねえ」
 赤い顔をしたまま、明智が金田一をぎろっと睨む。
「俺は、このまま明智さんとイイコトしたいんだけど、明智さんはそうじゃあないんだもんね。やっぱやめとく?」
 後戻りが出来ない所まで煽られている状態を知りながら、わざと金田一は言っているのだ。
(この・・・!くそがき!ああ、なんでこんなのを好きになってしまったんだろう)
 明智は内心、思いっきり金田一にたいして悪態を着いていたのだが、当の金田一はそんなものお見通しだよ、とでもいいたげな顔をして不敵に笑う。
「でも・・・そうだなぁあ〜。明智さんが可愛ゆくおねだりしてくれたら、喜んでごほーししちゃうんだけどぉ?」
(ああ!もう、そっちがその気なら・・・!)
 明智が、熱に潤んだような瞳のまま金田一に近付いて、手袋を嵌めたままの両手をそっと握る。そうして握った手の指先に軽く歯をあてて、かりっとかみ締める。
「痛っ!・・・明智さん?」
 すうっと細めた明智の瞳に金田一はどきりとする。明智はそのままするっと金田一の手からラムスキンの手袋を外すと、中指をちゅっと口に含んでぺろりと嘗めあげた。
「・・・手袋なんて、厭です。君の手で・・・直に触って下さい」
 少し上目づかいにねっとりとした視線で明智が金田一の視線を搦め捕る。と、見る間に金田一の頬が赤くなって・・・。きつくきつく、明智の体を抱き締めて・・・。
「・・・・ずるいよ、明智さん。今ので俺完全にキちゃったじゃん」
 自身の高ぶりを、明智に分かるように押し付けながらぶつくさと金田一は言った。やはり恋愛の駆け引きでは、年長の明智に軍杯が上がったようだ。
「私もとっくにキてるんですから。・・・責任取ってくださいね」
「?」
「今夜は泊まって行って・・・下さいね、金田一くん」 羽根が舞い降りるような、軽い明智からのキス。二人見詰め合って、笑って・・・そして、思いの所在を確かめ合うような、深く熱いくちずけ。・・・甘い甘い時間の訪れ。
 年令と性別を越えた恋人同士の冬の初めの夜は、こうして甘く暖かく更けて行くのだった。

 ちなみに。金田一の後期試験の結果がどうなったかは作者は知らない・・・。

End♪