ノスタルジー
「こんばんは」 寂れたというと語弊があるが、30年も昔から営業しているような小さなバーの、隅の10席にも満たないカウンターのスツールの隣に、そいつはするりと腰をおろした。 「趣味の良いお店ですねえ。ここにはよく来られるのですか?」 古い内装。古い壁。そして年季の入ったカウンターで。おまけに今かかってる有線はフォークソングときた。 こんな店が奴の好みに合うはずがない。言外に自分のことを古いやつだと笑っているのだ。 「何しに来た」 ウイスキーを煽りながら問えば、隣で女の皮と香水をまとった琥珀色の瞳がふふふと笑う。 「あなたがあんまりつれないんで会いに来ました」 細い手をあげて、すみません、こちらと同じものをと遠くにいるバーテンに注文している。 「つれないとは?」 とぼけたふりで聞いてみる。 確かに昨夜は市内のホテルで、やることだけやってそのままシャワーも浴びずに早々に部屋をあとにした。 だってそうだろう。 刑事と犯罪者。 対局にいる者どうしが体を合わせることもイレギュラーな上に、同じ性別なのだから。 男同士で後朝の別れもあったものではない。 そして目下の悩みは、そのイレギュラーが何度か続いていることなのだ。 「フォークソングってノスタルジーですよね、そのくせ妙に潔い歌が多いみたい」 提供されたロックグラスに口をつけながら奴が言う。 「でも私は潔さとは無縁のようです。欲しい物は手に入れるし、手放したりしない」 飽きるまではね、と赤い唇が哂う。 「そろそろ行きます。ここは、貴方のおごりで」 奴の指がとん、と一つ襟と叩いた。 遠ざかっていく気配に顔をしかめながらぐっとグラスを煽る。 一体俺の何が、奴のお気に召したのやら・・・。 ふと、胸ポケットに違和感を感じ取り出してみる。 手のひらの中の小さな紙片には携帯番号。 そしてLuck!と印刷された避妊具が2綴り。 とっさに握りしめてため息をつくと、グラスの中の氷がカラン、となった。 俺は水っぽくなった酒を最後まで煽り、勘定を置いて奴の消えた暗がりへと足を踏み出していたー。 |
うー、久々!何年振?の猪高リハビリ小話です。
元ネタはあツイッターの方でフォロワーさんの作品(小物)のいのっちのお話が出て、「ポケットにそっとインするかも〜」というネタを頂いたので書いてみました。
でもなんかもう、書いてて息切れがするんだよ〜;;尻つぼみですみませんです。
酒飲む2人(酒は似合わないとつぶやいててこれか)そして積極的な高遠、おまけに女装!
すみませんとひたすら謝るしかナイか^^;
2011/10/24 UP