にんじん妄想





「今夜のステージはとてもよかったですよ、高遠さん」
 都内某所の一流ホテルでのマジックディナーショーを終えて、控え室に戻ってきた高遠に彼の恋人である明智健吾は天使の笑顔でにこやかにそう告げた。
 極上の笑みを浮かべた、これ又極上の麗人の恋人から賛辞を受けたにしては、当の本人、高遠遥一は浮かぬ顔・・いや、幾分赤い顔をして不機嫌そうに明智をにらみつけた。
「どうしたんですか?そんな怖い顔をして。」
 怖い顔、と言うのはこの場合少し違うのだが、そのわけを知っていながら、わざとそ知らぬ顔をして、明智が高遠の細い腰に腕をまわす。
 瞬間、なにかに弾かれたように高遠の体がびくん!と反応する。顔を赤らめてそっぽを向く高遠に(かわいーじゃないか・・)かまわず、互いの吐息がかかる所まで顔を近ずけて、意味ありげに笑いを含ませた声で明智が耳元でささやく。
「今夜のあなたは、いつもながらの優雅な技の冴えに加えて、いつにもまして艶があって・・とても煽情的でしたよ。」
「・・・あなたが、案外悪戯好きで意地が悪いのは分かってましたけど、こんな悪趣味な悪戯をする方だったなんてね。思いもよりませんでしたよ」
 なにか、堪え難い感覚に耐えるように身を震わせながら高遠は言った。
「悪戯・・・と言うのはここの、これのことですか?高遠さん」
 ますます笑いを含んだ声で、明智の手が黒のタキシードの、衣服の上から引き締まった形の良い双丘をするりと撫でた。
「!・・・ん、ふっ」
 そのとたんに、高遠の唇から小さなため息のような声がこぼれ落ちた。
「おや、その様子だと 、私の差し上げたプレゼントはいたくお気に召したようですねぇ。」
 大天使のような、と他人から形容されるほほ笑みを浮かべながら心底嬉しそうに明智が笑う。

  何が、天使なものですか!

 瞳にうっすらと涙を浮かべながら、高遠は思った。

 警視庁のエリート警視の呼び声も高い明智健吾と、天才マジシャン近宮玲子の一人息子で、希代のマジシャン、そして犯罪芸術家・高遠遥一。
 明智と高遠が、互いの立場の違いを乗り越えて、世の中のモラルも法律(この場合刑法だが)も踏み倒して恋人同士になってしまったのは・・実は公然の秘密、だったりする。
 いやまあ、公然、というのは現実ではありえないことなのだけど、それはこの際置いといて(爆)

 ことの発端は、一週間前。互いに多忙の恋人たちが、久々に明智のマンションで逢瀬を楽しんだ、夜のことだった。
「今度のショーでは、瞬間消失『テレポーション』を演るんですよ、明智さん。それも、明智さんが今まで御覧になった事があるどのマジックショーよりも、格段に華麗に、かつ芸術的にねv」
 高遠が自分の行なう「マジックショー」の、よき観客として明智を招待するのは恒例となっていた。それは、犯罪芸術家としても、いちマジシャンとしても同じだったりして、明智の頭を少々悩ませてはいるのが(少々、な所がこの男の凄いところだ・・)いとしい高遠の舞台での艶姿、華麗なマジックを目にすることはこの上もない喜びだった。
「それは楽しみですね。やっぱり、アシスタントの女性と入れ替わったりするのですか?」
「ええ、まあ、あんまりお教えするとネタばれになって面白くないとおもうのですが、そんな感じですかね」
 明智は高遠がいつも使っている女性アシスタントの姿を思い浮べた。
「・・・やっぱり今回も例によって、アシスタントさんはバニースタイルなんですよね?」
「?ええ、そうですが・・なにか?明智さん」
 天才マジシャンとしての高遠遥一。彼は殆どの舞台では大抵、アシスタントを付けないのだが、やはりそれなりの大舞台では、アシスタントが必要になるのだ。
 そして、彼の舞台のアシスタント嬢は、いつも決まってバニースタイル(香港の時は、地域性に合わせたようで、チャイナ服だったが)なのだった。
 なにかバニースタイルに思い入れでもあるのだろうかと、明智は一度聞いてみたことがある。
「マジシャンといえば、兎と鳩が付き物じゃないですか。」
 と、しごく真面目に高遠は答えたのだった。あんぐり。
 まぁ、そーゆー所も含めて、私はあなたのことが好きなのですけどね。でも、あなたの審美眼で選ばれた選りすぐりのバニー姿の美女達が、あなたと舞台の上で共演するのを私が複雑な想いで見てる、なんて思わないんでしょうね・・・
 『なんだか妬けちゃうから、バニー姿のアシスタントは使わないで下さい』とは、さすがに明智も言いにくいのだ。
 ぽん!と、唐突にある妙案が明智の灰色の脳細胞にひらめいた。
「でも、それは少し、ありきたりの演目では有りませんか?」
 すこしむっとして、高遠が明智を見る。
「ま、基本のトリックは古典に入るでしょうね。でも、それに甘んじたような演出で済まそうとは思ってないですけど・・」
「ああ、そういう意味ではないのです。例えばですよ、衣裳の早変わり、なんていかがですか?マジックのラスト、消えたあなたの代わりに、一瞬であなたの衣装を着たアシスタント嬢が舞台に現われ、そして消えたはずのあなたが、アシスタント嬢の衣装で客席から現われる。観客はさぞ度胆を抜かれることでしょうね。」 
「なるほど、それは良いアイディアですが・・・却下ですね。」
「おや?魔術師の名を持つマジックの天才、高遠遥一でも、難し過ぎて出来ないマジックもあるのですねぇ」
 非常に残念そうな顔をして、明智が言った。
「そうではなく、何が悲しくて私がバニーの格好をしなくちゃいけないのですか。私はコミックマジシャンになるつもりはありません」
「いつも謎に満ちた仮面のマジシャンが、そういったコミカルな演出をしてみせる。その、意外性が観客に新たな感動を呼び覚ますのではないですか!」
 そんな馬鹿な、と、ため息を吐き出しながら高遠が言う。
「私に編みタイツを履いて、しっぽ付きレオタードを着て、カラーとカフスをつけろと?」
「ファーのお耳もね。その上にちょっと前が長めの袖なしモーニングを着れば、高遠さんの大事な所も隠れちゃいますし、安心です」
 『ファーのお耳』と言うところになんだかちょっとマニアックな響きを感じちゃったりして、高遠は少し不機嫌になる。
「とにかく!私は嫌ですからね。そんなにバニーがお好きなら、あなたが着てはいかがですか?明智さん」
「・・・高遠さん」
 明智が高遠の肩に手を掛けて、ずずいっと顔を近付け、に〜〜っこりと笑う。
「この前、あなたのお願いを聞いて、囮捜査で使ったせえらあ服を着て差し上げたこと、覚えてますよねぇ?」
 ぎく!
「私のせえらあ服姿に萌えまくりで、あの時、あなた何回しましたっけ?」
 ぎくぎく!!
「いえ、あれはですね、その・・・」
「私だって、『したかった』のに、聞いて下さらなくて・・・なのに、私のお願いは聞いて下さらないんですか?ねえ、高遠さん?」
 だらだらと脂汗を流し始めた高遠に、極上の笑みを浮かべながら明智のお願い(脅しとも言うが)攻撃は続く。
「高遠さんは色が白いから、黒いバニー衣装、似合うでしょうねぇぇ」
 こうなってしまっては、蛇に睨まれた蛙、である。言い出したら聞かないのは高遠も明智と良い勝負だが、実は明智の方が我も、力関係も強かったりする。
「し、仕方有りませんね。あなたがそこまで、お願いされるのでしたら、一度だけですよ?明智さん。今度のショーでバニー服、着て差し上げましょう」
 内心の動揺を悟られないように、少し押しつけがましく言う高遠に、にっこりと笑顔で止めを刺すのを明智は忘れなかった。
「いつもの訳の判らない怪人風とか、お狐様とか、ラバーマスクはやめといて下さいね。バニーちゃんと合わないですから。」










 そしてマジックショーの当日。開演まであと一時間を切った高遠の控え室に明智はやってきた。
「どうしたのです、明智さん。いつもはショーの前にはこちらにいらっしゃらないのに」
 タイミングの良いことに、高遠は着替え中で、控え室に設けられた衝立ての向こうから明智に声を掛ける。
「あなたの艶姿を、誰よりも一番最初に見たかったのですよ」
 目論み通り、高遠が着替え中だったことに上機嫌の明智が衝立ての向こうにホクホクと声を返す。
「あなたも趣味の悪い・・・」
 不機嫌そうな声と共に、高遠が明智の前に姿を表す。
「ほう・・・」
 感嘆のため息を洩らしながら、高遠のバニー姿に明智はしばし見惚れた。
 スレンダーな肢体をピッタリと包み込む、光沢のあるショルダーレスの黒いレオタード。黒色は思ったとおり、高遠の白い素肌に艶めかしく映えた。ヒップの所に付いている真っ白いファーのしっぽが何とも可愛らしい。ハイレッグから伸びたすらりとした両足は、上等な絹の網タイツに包まれて、普段見慣れた生足よりも、何だか淫らに見える。
「どうぞ、ご遠慮なさらずお笑いになってください。」
 ちょっと不貞腐れたようにほほを膨らませて高遠が言った。
「笑うなんて、とんでもない!私は今、自分の趣味の良さを改めて感心している所なんですよ」
 明智はそういいながら、高遠を引き寄せて口付ける。
「とっても良くお似合いですよ、高遠さん。なんだか、他の観客にこの色っぽくて可愛らしい姿を見せるのが嫌になってしまいます」
「誠に不本意な姿なのですが、私の一番の観客の明智さんにそう言っていただけると光栄です」
 愛しい明智から手放しで誉められて幾分機嫌が良くなった高遠も、口付けを返す。 
「でもね、高遠さん」
 どこから取り出したのか、いつのまにか明智は小さなはさみを右手 にかまえて、にっこりと言った。
「え?」

 ちょっきん!!

「この『しっぽ』はいただけませんね。」
「え?ええっ?」
 高遠は明智の切り落とした、バニー服のヒップに付いていたしっぽを見て仰天してしまった。思わず自分のヒップに手をあてて、生地の小さな穴を確認する。
「な、なんてことなさるんです!予備の服なんて用意してないのですよ!?」
 すかさず明智が高遠の手をとって、衝立ての向こうの壁ぎわに移動する。
「一流のマジシャンのあなたが、こんな偽物のしっぽをお付けになるのが私には忍びなくって・・・」
「だから、なにを言って・・」
 明智がスーツのポケットから取り出したあるものを見て、高遠はそのままピキッと硬直してしまった。 
 ふわふわの、大きめの丸いファーの付いた短いペンライト、の、ようなもの。
 それって、まさか・・・っていうものではなかろーか。
「ね?ちゃんと『生えて』ないと、しっぽって言えないですよね、高遠さん?」
 大天使ミカエルのようなほほ笑みをに〜っこりと浮かべて明智が言う。
 そのほほ笑みに、はっと我に返った高遠は何とか明智の腕の中から抜け出そうとじたばたと暴れだす。(そりゃそーだ・・) 「じょ、冗談はやめてください、明智さん!!そんなの・・・」
「おや、折角の私からのプレゼントを気に入らない、と仰るんですか?つれないですねぇ。ああ、大丈夫ですよ、私がちゃあんと付けて差し上げますから♪」
「明智さん!!や・・んんっ!?」
 尚も言い募ろうとする言葉を明智は唇と舌で絡め取りながら、レオタードの小さな穴から、器用にその『しっぽ』を高遠の体内にゆっくりと差し込んでいく。
「んっ!く・・」
 あきらかに人肌とは違うその冷たい感触に、合わさった高遠の唇から、くぐもった悲鳴が漏れる。
 すっかり『しっぽ』を収め終わったころ、控え室のドアがノックされ、ショーの進行係が「開演15分前です」と告げた。
 その声に明智がやっと高遠を口付けから解放する。
「ああ、もうそんな時間ですか。では、私は客席の方であなたの今夜のショーを堪能させていただきましょうか?高遠さん♪」
 そう言って明智は上機嫌で控え室をでていった。
 開演まであと15分。新しい衣装を用意する時間は無い。かといって、穴の開いたままの衣装では(例えラストだけのためであっても)舞台に立てない。もともとのしっぽは明智が持っていってしまったし。
 高遠は諦めて、袖無しベストと、早変わり用のタキシードを身につけながら思った。
「私なんかより、よっぽど確信犯じゃないですか、あの人・・・」


「どうしました?顔が赤いですよ、高遠さん」
 高遠の腰をまさぐりながら、わざと心配そうな顔をして明智が言う。
「〜〜〜〜!!」
 分かってるくせに、この人は、ほんっとうに意地が悪いんだから!!
 舞台が引けた後の控え室で、半分涙目になりながら高遠は心の中で明智に毒ずいた。
 高遠は、すっと明智の腕を離れ、大きな鏡の付いたメイク台に腰掛けた。そして、タキシードのズボンのベルトを自らゆるめ、少しだけジッパーを下ろして明智に向き直った。
「本当にあなたのプレゼントが私の気に入ったかどうか、確かめていただけるのでしょう?明智さん?」
 上気して潤んだ瞳で高遠が明智を妖しくみつめた。
「ええ。もちろんですよ、高遠さん」
 高遠の瞳を臆する事無く見つめながら、明智は再び高遠を抱き締め、口付ける。
少し下ろされたジッパーの隙間からするりと忍ばせた指には、確かな高遠の高ぶりが感じられて、明智は嬉しそうににっこりと笑った。
「・・こんなに熱くなってもきちんとお仕事を遣り遂げた、かわいいうさぎさんに、ご褒美のにんじん、差し上げましょうね、高遠さん♪」
「ええ、いただきましょう。そのかわり・・・」
「?」
「後で、私のにんじんも食べてくださいね?明智さん」

・・・・・・・・・・・ああ、なんだかバカップル・・・・・(涙)

 その後、高遠は二度とバニースタイルのアシスタントを使うことはなかったと言う。


 



こちらも余所様の裏に捧げさせていただいた作品。なんといいますか・・・高明リバ全開なお話(爆笑)
元々捧げさせていただいたサイト主様のお描きになった高遠バニーガールの妖艶さに萌え萌えしちゃた
妄想の産物。某様宅から裏が消滅していたのでこちらのお引っ越しアップしました。
・・・よくフロッピーに残っていたよなあ・・・・(苦笑)

06/01/11 UP